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微熱

  • さくら
  • 2017年6月10日
  • 読了時間: 2分

(ライター企画 テーマ「微熱」)

 わたしには好きな人がいる。その人は競泳の選手で、初めて彼の泳ぎを見たとき、わたしは雷に打たれたような気分になった。そのときわたしは高校生で、たまたま彼が出場した大会を見に行っていた。彼の泳ぎは誰よりも荒々しく、そして美しかった。それが私の初恋だった。だから、わたしの初恋は塩素の匂いなのだ。  それからしばらくして、彼が同郷であると知った。わたしはひたすらに胸が高なった。彼の思わぬ一面を知ることができるのではないかと友人伝いに彼の情報を知ろうとしたが、彼は学生時代オーストラリアに水泳留学していたらしくめぼしい情報は得られなかった。  日本で行われた世界選手権で、はじめて彼と会話した。彼はやさしく微笑み、わたしとの握手に快く応じてくれた。これ以上の幸せはないと思った。  そうしているうちに、彼は世界を股に掛ける選手になっていた。わたしの恋心などちっぽけなものだった。  それでも、わたしは彼のことが好きだった。わたしの気持ちは変わらなかった。彼がオリンピックで金メダルを獲得した年、わたしが彼と出会ってから10年が経っていた。  わたしは結婚した。お見合い結婚で、親が望んだ人と結婚した。 わたしはその人のことを好きではない。わたしの好きな人は彼だけだ。だけど結婚した。その人と一生を添い遂げる。 彼と出会ったときのわたしは、これ以上ないくらい胸を焦がして、彼だけを見つめていた。彼以外考えられなかった。 もちろん、彼のことは今でも好きだ。しかし、当時に比べれば落ち着いた。言ってしまえば、微熱みたいなものだ。ぬるいけど、しんどい。絶え間ないしんどさが、気だるさが私を襲ってくる。二度と冷めることのない、微熱の中に私はいる。


 
 
 

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