変わらないもの、なれの果て
- ちなみ
- 2017年7月10日
- 読了時間: 3分
(ライター企画 テーマ「変わらないもの、なれの果て」)
「変わらないもの」「成れの果て」 朝食は白ごはんとお弁当の余りのおかずを食べる。とうに使い古したタオルで顔を洗う。携帯を充電プラグから外し、カバンに入れて家を出る。いつもと何も変わらない。変わらない日常だ。昨日今日でガラリと変わるドラマのような日常なんて、きっとそんなにたくさんは存在しない。そして家を出て、 「おはよう、いってらっしゃい」 「さとちゃん、いってきまーす」 これもいつもと変わらない。さとちゃんは、隣に住む7つ上のお兄さんだ。私が2歳の時にここに越してきてからずっと、さとちゃんが本当の兄のように私と遊んでくれていたらしい。父も母もさとちゃんと呼ぶから、もう30近いおじさんのことを7つ下の私もちゃん付けで呼んでいる。 さとちゃんは昔から優しくて、いつでも私に構ってくれる。私が幼稚園から帰ってきたら一緒に家の庭で遊んだ。小学生の頃には勉強を教えてもらい、中学生のときにはテニス部に所属していた私の自主練に付き合ってくれた。高校に入ってからは恋愛相談なんかを夜な夜な、ベランダ越しに聞かせた。さとちゃんは昔も今もずっと変わらず優しくて、笑うと目尻にシワができる。ずっと変わらず、洗濯物を干すのは隣の家でさとちゃんの役目だし、ずっと変わらず、月の出た日にはベランダからさとちゃんの鼻歌が聴こえてくる。ずっと変わらず、呼んだらいつでも私の相手をしてくれる。そう、ずっと変わらず、なのだ。 もう、28歳なのに。なんで私が3限のために家を出る12時半に家に居るのだ。社会人と呼ばれるさとちゃんの年齢、この時間は会社に居るかあるいは同僚なんかと昼食を食べに出かけているのが普通ではないのか。なぜ今から大学に向かう私と同じように普段着を着ているのだ。そのアロハ風の古着っぽいTシャツは、数年前から変わらない。いや、何年も着ているから古着っぽくなったのかもしれない。私が高校に入学すると同時に、さとちゃんも社会人になって会社に勤めるのだと思っていたが、そうではなかった。なぜだかずっと家に居るのだ。自分の親に聞いてみても、苦い笑みを浮かべるだけで私は深く突っ込めなかった。私にとってさとちゃんは言わば本当のお兄ちゃんで、大好きな人だ。だからあまり考えたくはなかった。しかし、もう無理だ。ハタチを越した私は気付いてしまった。さとちゃんは特に理由もなく社会に出ない、親のすねをかじり続けるクズだった。隣に住んでいるから分かるのだが、ほんとうに理由も無く家に居るのだ。現実をそろそろ受け止めよう、これが、ずっと変わらず優しい……私の初恋の男の成れの果てなのだ。
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