足音、通りすがり
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- 2017年7月10日
- 読了時間: 3分
(ライター企画 テーマ「足音、通りすがり」)
通りすがりたい。紳士の品格を漂わせながら「通りすがりの者ですが、……」というセリフを口にしてみたい。道すがら八の字眉をして困っている人を助けてあげたい。前時代の小説や漫画では、大抵の場合、そういうステレオタイプな感じで困っている人はなにかしらの主人公格だったりして、それを助けた私は後々物語に深く関わってくるキーパーソンとなるのだ。素晴らしい。 とはいえ、現実はたいへんに厳しい。監視社会防犯機能不審人物即通報の気運が高まりきっている現代、科学技術の進歩はあらゆる観点から犯罪を未然に防ぐ超安全社会を生み出してしまった。もしも私が困った人に近づいていって、その人が少しでも不信感をあらわしたら、その瞬間に道端の防犯カメラがそれを察知し、警察に自動的に通報。どこからともなく現れた全自動の警備ロボットが私を檻の中へと連れていくだろう。まぁかつて私が経験した収監プロセスなのだけれど、とにかくこのあざやかな豚箱システムの犠牲になった通りすがラーの数は100や200では利かない。今もどこかで通りすがラーが捕まっているかもしれない。それでも、これから先も彼らは困った人に手を差しのべ続けるだろう。理由は簡単。人は誰だって物語のキーパーソンになりたいのだ。 さて、無事に刑期を終え、シャバに帰ってきた私は、早速通りすがりを実行するための準備にかかった。以前の敗因は確実に足音だった。困った人を目の前にして、ついに通りすがれるのだと興奮してしまった私は、足音高くせかせかと近づいていってしまい、相手を怖がらせてしまったのだ。これでは品格のカケラもない。そこで今回は足音を消すために靴底に綿を詰めこんだ。詰めこみすぎて多少歩きにくくはなったが、背に腹は代えられない。ふらつきはするものの杖でも突けばなんとか歩けるだろう。杖というオプションはいかにも紳士然としていてビジュアル的にも実にいいのではないだろうか。あとは困っている人に巡り合うのをじっくりと待つだけだ。 と、全ての準備を整えてから待つこと半年、ついにその時は来た。場所はまっすぐな細い一本道。空が金色に染まった黄昏時で、私と困っている人の他には誰もおらず、辺りは静けさに満ちている。相手はコンタクトを落としてしまったらしく、片目で地面をなでている。場所も時間も申し分ない、完璧な紳士の出番だ。意気揚々と、しかし落ち着きを失わずに速やかに近づいて声をかける。 「通りすがりの者ですが……」 最高だ。心の底からふつふつと喜びが湧き上がってくる。あぁ人の役に立てる、私は今ここに生きているのだ。人助けのなんと美しきことか。 しかし、そんな思いもつかの間、いきなり後頭部に激しい衝撃を受け、その直後、ものすごい勢いで身体を押さえつけられた。そして聞こえてきたのはさっきの人と見知らぬ男の会話だった。 「通りすがりの者ですが…… 「大丈夫ですか。怪しい酔っぱらいが薄暗い路地裏であなたに襲いかかるように見えたので…… 「いやいや、お礼なんて…… 後頭部にじわりとした熱さと尋常ではない痛みを感じる。意識が薄れる。遠くに聞こえるのは警備ロボットのサイレンか、それとも誰かの物語に関われたファンファーレか。
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